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東京地方裁判所 昭和52年(ワ)7692号 判決

原告 松尾政則

被告 味の素株式会社

右代表者代表取締役 渡辺文蔵

右訴訟代理人弁護士 鮫島真男

同 石原寛

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、当事者の求めた裁判

(原告)

一、主位的請求

被告の昭和五二年六月二九日付第九九回定時株主総会における退任取締役小林中及び同荒井澄夫に対し慰労金を贈呈することとし、その金額については、従来の基準に従い、諸般の事情を勘案の上、相当額の範囲内とし、具体的金額、贈呈の時期及び方法等は取締役会に一任する旨の決議が無効であることを確認する。

二、予備的請求

被告の昭和五二年六月二九日付取締役会における退任取締役小林中及び荒井澄夫に対する退職慰労金贈呈について、その金額、贈呈の時期、方法等の決定は取締役会長及び取締役社長に一任する旨の決議が無効であることを確認する。

三、訴訟費用は被告の負担とする。

(被告)

主文と同旨。

第二、当事者の主張

(請求の原因)

一、原告は、被告会社の株主である。

二、1. 被告会社の昭和五二年六月二九日付第九九回定時株主総会(以下、「本件株主総会」という。)は、退任取締役に対する慰労金贈呈につき、従来の基準に従い、その額等の決定を取締役会に一任する旨の前記決議(以下、「本件株主総会決議」という。)をした。

2. 同日右株主総会後に開かれた取締役会(以下、「本件取締役会」という。)は、右株主総会決議に基づく退任取締役に対する慰労金贈呈額等の決定につき、これを取締役会長及び取締役社長に一任する旨の前記決議(以下、「本件取締役会決議」という。)をした。

三、しかしながら、本件株主総会決議は、以下に述べるとおり、その内容が法令に違反するから無効である。

1. 取締役に対する退職慰労金は、商法二六九条に定める取締役が受くべき報酬であるから、被告会社のごとく、定款にその額の定めがないときは、株主総会の決議をもってこれを定めなければならないのに、本件株主総会決議は、取締役に対する退職慰労金について、その具体的金額はもちろん、最高限度額も定めることなく、その具体的金額、贈呈の時期、方法の決定を、従来の基準に従うべきものとして、取締役会に一任している。

2. 本件株主総会が退職慰労金の決定につき依拠すべきものとした従来の基準とは、被告の取締役会で定められたとされる「取締役及び監査役の退職慰労金算定基準内規」(以下、「本件内規」という。)を指すもののようであるが、被告会社の株主総会は、取締役会に対し、右のような内規を定める権限を授与する旨の決議をしたことも、取締役会が定めた右内規を承認したこともないのみならず、右内規は株主に対して公開されていないし、株主が容易にこれを認識し得る状態にはおかれていないから、株主に対する明確性、周知性を欠き、いずれの点よりも無効であり、株主総会が取締役に対する退職慰労金の具体的金額、贈呈時期、方法の決定を取締役会に有効に一任するための基準とは到底なりえないものである。

四、仮に本件株主総会決議が有効であるとしても、本件株主総会決議は、退任取締役に対する退職慰労金の具体的金額、贈呈時期、方法の決定を取締役会に一任するものであるから、取締役会は、右決議に従い、自ら誠実にこれを決定すべきであり、これを更に他に委ねることは許されないのに、本件取締役会決議は、その決定を更に取締役会長及び取締役社長に委ねたものであって、右決議は、本件株主総会決議の趣旨に反するばかりでなく、お手盛り防止を目的とする商法二六九条の趣旨にも違反し無効である。

五、よって、原告は、主位的に本件株主総会決議が、予備的に本件取締役会決議が各無効であることの確認を求める。

(認否等)

一、本件株主総会決議及び本件取締役会決議がそれぞれなされたこと並びに被告会社の定款に取締役の報酬の額についての定めがないことは認めるが、その余は争う。

二、本件株主総会決議及び同取締役会決議は、次に述べるとおり、何ら無効なものではない。

1. 退任取締役に対する退職慰労金につき、定款に定めがない場合、株主総会は、商法二六九条に従い、金額を決定することとなるが、株主総会が退職慰労金に関する基準を示し、具体的金額などは右基準によって定めるべきものとして、その決定を取締役会に一任する旨決議することは、何ら同条の趣旨に反するものではない。

2. 被告会社には従前から退職慰労金の支給基準が慣行的に存在していたところ、昭和四四年七月二五日開催の取締役会は、右支給基準を成文化した本件内規を定め、株主総会もこれを承認して、以後退職慰労金は、これに従い算定されてきた。右内規によると、退任取締役等の退職慰労金は、別紙記載の算式1により算出され、このうち、功績度率は、特に功労のあった者に対し功労金を支給する場合にのみ適用されるものであり、その数値は一・一から一・三までの範囲内で「担当業務の種類、勤続年数、功績の程度等を総合的に勘案して決定する」ものとされ、しかも、功労金の支給の有無及び功績度率の基準は、従来からの慣行によってすでに確立されており、そこには何ら主観的・恣意的な判断の介入する余地はない。

3. 被告の取締役会議事録は、本店及び各支店に備え置かれているから、株主は、いつでもこれを閲覧することによって、右支給基準の存在を容易に知ることができたし、請求すれば、右支給基準を定めた内規の内容の説明を受けることができたから、右支給基準は、公開性、周知性の要件を充たしていた。

4. 本件株主総会決議は、本件株主総会終結のときをもって任期満了により取締役を退任する訴外小林中及び同荒井澄夫に対する退職慰労金の支給を決定したものであり、その具体的金額等については、右支給に関する基準によって定めるべきものとしてその決定を取締役会に任せ、更に、取締役会は、右株主総会決議の趣旨に基づき、右支給基準に従って退職慰労金の金額等を決定すべきことを取締役会長及び取締役社長に一任する旨の決議を行ったものであるが、訴外小林中に対する退職慰労金は別紙算式2により、同荒井澄夫に対するそれは別紙算式3により、それぞれ算出され、両人については功績度率は乗じられておらず、右算出の結果に基づき、訴外小林中に対しては金一三五〇万円が、同荒井澄夫に対しては金九〇四万二〇〇〇円が支給されたのであり、右算出に当たって、取締役会、取締役会長又は取締役社長の主観的・恣意的な判断が介入する余地は全くなかったから、本件株主総会決議及び本件取締役会決議は、商法二六九条に違反するものではない。

5. なお、右退職慰労金の算出及び支給については、昭和五二年八月開催された被告の取締役会に報告されている。

(抗弁)

一、原告は、本件株主総会決議及び本件取締役会決議がなされた後である昭和五二年七月八日、被告会社の株式一〇〇株について名義書換をしてはじめて被告会社の株主となったものであるが、同年八月四日被告会社の福岡支店において、本件株主総会の議事録及び本件取締役会の議事録を閲覧した上、同支店の担当職員に対して退職慰労金の支給基準の内容を尋ね、担当職員より、支給基準を定めた内規が本社に保管されており、福岡支店には備え置かれてない旨を説明され、更に、本社の担当部署が総務部文書課であること及び課長の氏名を教示され、原告において直接本社に赴いて問い合わせることもできるし、福岡支店において本社に問い合わせることも可能である旨説明を受けたのに、原告は、被告会社の本社に対して内規の存否及び内容などの問い合わせを全くしないまま、同月一四日、本訴を提起した。

二、本件株主総会決議は、出席株主から何らの質問も異議の申出もなく、特別利害関係人である前記小林中及び荒井澄夫を除く出席株主全員の賛成を得てなされたものであるが、原告は、本件株主総会決議成立後に株主となったもので、右決議には参加していないものであるから、当時の事情については十分な調査をした上で株主権を行使すべきであるにもかかわらず、右内規の内容などについて何らの調査もすることなく、突如として本訴を提起したものであって、原告の本訴請求は、株主権の濫用というべきものである。

(認否)

原告が被告主張の日に被告の福岡支店を訪ね、取締役会議事録及び本件内規の閲覧を求めたが、同支店には右内規の備えつけがなかったことは認めるが、その余は争う。

第三、証拠〈省略〉

理由

一、原告が被告会社の株主であること、昭和五二年六月二九日本件株主総会が本件株主総会決議を、本件取締役会が本件取締役会決議をそれぞれしたことについては、当事者間に争いがない。

二、1. 〈証拠〉によると、本件株主総会決議により退任取締役訴外小林中及び同荒井澄夫に贈呈されることとなった退職慰労金は、右両名の取締役在任中の功労に報いるという趣旨を含むもので、在任中の職務執行に対する対価たる性質を有するものと認められるから、商法二六九条にいわゆる報酬に当たり、定款にその額についての定めが存しないことについては当事者間に争いがないから、右退職慰労金の支給については、株主総会の決議をもってその額を定めなければならないものであるところ、商法二六九条が取締役の受くべき報酬を定款又は株主総会の決議をもって定めるべきものとしたのは、取締役会が取締役の報酬を決定しうるものとするときは、恣意に流れ、いわゆるお手盛りの弊を招き、会社及び株主の利益を害するおそれがあるので、これを防止し、取締役の報酬額決定の公正を担保しようとしたものと解されるから、株主総会が退職慰労金の金額の決定を無条件に取締役会に一任することは同条に違反し、許されないが、株主総会が自ら金額を決定することなく、明示的又は黙示的に、その支給に関する基準を示し、右基準に従った具体的な金額の決定を取締役会に任せることまで禁止されるものではなく、このような場合に、株主総会が退職慰労金の最高限度額を定めることは必ずしも必要ではないというべきである。

2. そこで、本件株主総会決議及び退職慰労金贈呈の経緯についてみるに〈証拠〉を総合すると、

(一)  被告会社では、取締役及び監査役に対する退職慰労金額の算定等については、永年にわたり蓄積された慣例があり、その贈呈については、従来株主総会が右慣例に従い、具体的金額、贈呈の時期及び方法を決定することを取締役会に一任し、取締役会が先例、対象者の経歴、功績度、勤続年数などを総合的に判断した上、過去の事例に比較して均衡のとれる範囲内の金額を決定してきたこと、

(二)  ところが、昭和四四年三月二六日、大阪地方裁判所が退職慰労金額の決定を取締役会に一任する旨の株主総会決議を無効であると判決したことを契機として、被告会社では、従来から慣行として行われていた取締役及び監査役に対する退職慰労金算定に関する取扱いの成文化が検討され、同年七月二五日、取締役会の決議により取締役及び監査役の退職慰労金の算定に関し、本件内規を制定したが、右取締役会の議事録には、内規制定の事実のみが記載され、その内容は出ていないこと、

(三)  右内規によると、取締役に対する退職慰労金の額は、別紙算式1により算出するものとされ、同算式のうち、功績度率は、功労金を加算して支給するためのもので、その数値は一・一から一・三までと定められ、担当業務の種類、勤続年数、功績の軽重などを総合的に勘案して決定するものとされているが、実際の運用としては、役付でないいわゆる平取締役についてはこれを加算しないことが慣例として確立していること、

(四)  本件内規制定後、被告会社では、退任取締役及び監査役に対する退職慰労金の贈呈については、株主総会で本件内規に従い、その具体的金額、贈呈の時期、方法の決定を取締役会に一任する旨決議し、取締役会は、これを取締役会長及び取締役社長に一任し、取締役会長及び取締役社長が右内規に定める基準に従って退職慰労金額を算出してこれを贈呈し、その後開催される取締役会にこれを報告してきたが、退職慰労金贈呈に関する右取扱いにつき、従来、株主から異議が述べられたことは全くなかったこと、

(五)  退職慰労金の贈呈に関し、右のように取締役会長及び取締役社長にその決定を委ねるのは、退職慰労金の額が取締役会議事録に明記されることを避けたいとする配慮に基づくものであること、

(六)  本件内規を制定した取締役会の議事録は、被告の本社及び各支店に備え置かれ、株主が右内規の制定されたことを知り得べき状態におかれており、更に、株主の求めがあるときは、被告会社は右内規の内容を説明することとしていたこと、

(七)  本件株主総会では、前記退任取締役両名に対して退職慰労金を贈呈する件と題する議案が上程されるや株主から、右両名に対し慰労金を贈呈することとし、その金額については、従来の基準に従い、なお諸般の事情を勘案の上相当額の範囲内とし、具体的金額、贈呈の時期及び方法は、取締役会に一任したい旨の動議が提出され、特別利害関係人である右両名を除く出席株主全員の賛成を得て本件株主総会決議がなされ、同日、右株主総会後に開かれた取締役会では、専務取締役訴外昆布猛からなされた、株主総会の決議の趣旨に基づいて内規に従い従来の慣例、これまでの退職慰労金との均衡を勘案の上、右両名の功績にふさわしい額の決定並びに贈呈の時期及び方法を取締役会長及び取締役社長に一任したい旨の提案に出席者全員が賛成して本件取締役会決議がなされたこと(右各決議がなされたことは当事者間に争いがない。)、

(八)  取締役会長鈴木三郎助及び取締役社長渡辺文蔵は、右決議に基づき、本件内規に従い、訴外小林中に対しては別紙算式2により算出された金額を基に金一三五〇万円訴外荒井澄夫に対しては同3により算出された金額を基に金九〇四万二〇〇〇円(両者ともに功労金の加算はなされていない。)とそれぞれ決定して贈呈し、同年八月三〇日開催された取締役会において、右取締役社長から右金額及び贈呈の時期、方法について報告がなされたこと、

が認められ、右認定に反する証拠はない。

三、原告は、本件株主総会決議が商法二六九条に違反し無効であると主張するのであるが、右認定の各事実によると、被告会社においては、遅くとも昭和四四年七月末ころまでに、退任取締役及び監査役に対する退職慰労金算定に関し、蓄積された慣例が成立し、同月二五日、被告の取締役会がこれを成文化して本件内規を制定した後は、被告の株主総会は、一貫して、退職慰労金を右内規を基準として取締役会で決定するよう決議してきたものであるから、株主総会はこれにより本件内規を承認してきたというべきであり、右取締役会の議事録には、右内規制定の事実のみが記載され、その内容が出ていないことはいささか適切を欠くけれども、被告会社の株主は、少くとも退職慰労金に関し、被告会社には内規の存在することを確知し、これによりその内容の説明を求めることができるようにはなっていたものであり、被告も求められればこれを秘匿する気はなかったのであるから、右内規が公開性、周知性を欠くということはできず、また、本件株主総会決議は、その経過から、右内規に定める基準により、退職慰労金額を算定すべきものとして、その決定を取締役会に委ねていることが明らかであるから、これをもって退職慰労金の決定を無条件で取締役会に委ねたものということはできない。

よって、原告の本件株主総会決議の無効確認を求める請求部分は理由がない。

四、次に原告は、予備的に本件取締役会決議が本件株主総会決議に違反し無効であると主張するのであるが、前記認定の事実によると本件取締役会決議により退職慰労金決定の一任を受けた被告取締役会長鈴木三郎助及び同社長渡辺文蔵は、右決議に基づき、前記退職慰労金算定の基準を定めた内規に従い、訴外小林中については別紙算式2により、同荒井澄夫については同3により、各算定される金額を基礎に、小額部分を加減したほか、ほぼこれに近い金額を決定して右訴外人らに贈呈しているのであり、同訴外人らについては功績度率を乗じることによる加給はなされないため、右退職慰労金額の決定は、裁量による慰労金額の増額もなく、本件株主総会決議及び同取締役会決議の趣旨を逸脱するものでないことが明らかであり、本件株主総会決議により委任を受けた取締役会がその決議により、委任を受けた退職慰労金額の決定に関し、その機械的な計算及び贈呈の時期、方法等を更に委任したとしても、何ら弊害を生ずるおそれはなく、ただ贈呈額を取締役会議事録に全く記載しないことは首肯しがたいところがあるけれども、そのことが直ちに本件取締役会決議の効力を左右するとは認められないから、右決議をもって無効のものということはできない。

よって、本件取締役会決議の無効確認を求める原告の請求部分も理由がないというべきである。

五、以上によれば、原告の本訴請求は、その余の点を判断するまでもなく、いずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 野崎幸雄 裁判官 江見弘武 渡邊等)

〈以下省略〉

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